第54章 【第五十三訓】文字だけで互いを知ることは難しい話
「○○」
間近から聞こえた声に、○○は肩を震わせて顔を上げる。
気づけば銀時は振り返り立ち止まっていた。
相変わらず睨むような目で○○を見下ろしている。
周囲には人気がない。いよいよ引導を渡されるのだろうか。
いや待てと、○○は気を取り直す。
引導を渡すのはこっちのはずだ。
今までも何度、女性問題、金銭問題に目を瞑って来たことか。
キャバクラ代を立て替えたことに端を発して、どうしてフラれなければならないのか。
せめて、こっちからフッてやる。
銀時が口を開いたら、機先を制して別れを切り出してやる。
○○は銀時の口元を見つめてそのタイミングを待った。
「ぎゃああ!!」
だが、銀時の口は動かなかった。口より先に、体が動いた。
突然抱きつかれた○○は思わず悲鳴を上げる。
「俺が悪かった!!」
「へ!?」
銀時の口から発されたのは、別れではなく謝罪の言葉。
それきり銀時は黙ってしまったが、○○の中に巣食っていたわだかまりは溶解していく。
銀時が謝ること自体が稀有だ。
「本当に悪かったって思ってる?」
「ああ。全部俺が悪ィ」
覚えていないが、仕出かしたことは○○やお登勢から聞いている。
確かにヒドイ所業だと思えど、謝るタイミングを失した上に、謝ること自体が癪だった。