第54章 【第五十三訓】文字だけで互いを知ることは難しい話
その夜、○○は夜中に目を覚ました。
目を覚ましたついでに厠でも行こうと店の前を通った所である声を聞きつけた。
それは銀時の声だった。
こんな夜中に銀時が『スナックお登勢』に飲みに来ているのは珍しいなと店を覗いた○○の眠気は、一瞬にして吹き飛んだ。
銀時は綺麗な女性に凭れていた。その上、女性の頬に接吻しようと迫っていた。
「何してんだ!!」
思わず飛び出た○○を見ても、銀時は悪びれなかった。
それどころか「丁度よかった金貸してくれ」と抜かす始末。
女性はキャバクラの従業員で、銀時の持ち金がなかったために支払いをさせようと同行していた。
お登勢に立て替えを頼んだが無碍もなく断られた所に○○が現れた。
○○が目を覚ましてしまったのは、銀時とお登勢が大声で罵り合っていたせいだったようだ。
キャバクラ代を恋人に立て替えさせる男は最低過ぎるだろうと思いながらも、○○は支払った。
銀時の酒癖が悪いことはわかっている。
このまま女性に居座られるくらいならば、さっさと支払って帰って頂きたい。
今度はちゃんとお金持って来てねと言いながら帰途に就く女性を、銀時はヘラヘラと笑って見送った。
翌日、銀時を責め立てたが、彼は前夜のことをまるで覚えていなかった。
○○は覚えてなくても謝れ、そして金を返せと居丈高に言い放つ。
二日酔いの中で聞く高圧的な怒鳴り声に腹を立てた銀時は、覚えてないことで謝る筋合いはないと聞く耳を持たなかった。
金も返って来なかった。
今までは些細な喧嘩をしても、なし崩し的に元の関係に戻っていた。
今回は険悪なまま時間が経過し、もはや自然修復は不可能な所まで来てしまった。