第53章 【第五十二訓】マイナスドライバーもあまり見ない話 其ノ三
「こんな所で何してんの」
「見りゃわかんだろ。ドライバーやってんだよ」
工務店の裏で土方は煙草をふかす。
「……桂が脱獄したって」
先程、工務店のテレビでニュースが流れていた。
オフ会へとノコノコと現れ捕らわれた桂だったが、早くも牢を破ったという。
ニュースを見ても土方は一瞥しただけで、僅かも表情を変えなかった。
「桂が脱獄――」
「俺にゃ関係ねーよ」
土方は○○の言葉を掻き消すように声を被せる。
「○○も何も出来やしねェだろ」
○○は何も言えなかった。
○○が未だ桂を追う真選組隊士だったとしても、ドライバーとなった身ではどうすることも出来なかっただろう。
「近藤さんと総悟は?」
近藤と沖田も、同じく真選組にはもういない。
「さァな。二人ともドライバーやってんだろ」
土方は宙に視線を漂わせた。
攘夷志士を追っていた頃の、双眸をギラつかせた目の光はどこにも見当たらない。
「そろそろ休憩時間は終わりだ。俺ァ戻るぜ」
煙草を揉み消すと、土方は踵を返して工場へと向かった。
ずんぐりしたドライバー体型だというのに、去り行く土方の背中は今まで見たことがないくらい小さく見えた。
こんな土方は、○○の知る土方ではない。
「違う」
○○の口が自然と開く。
立ち止まると、土方は振り返った。
「トシの居場所はそこじゃない!」
土方の目は、銀時と同じだ。
銀時は普段から死んだ魚の目をしていたが、その魂は生きていた。
ドライバーとして生きることを受け入れた彼の魂は、死んだも同然。
喧嘩をしていること以上に、○○はそんな銀時を間近で見ていたくなかった。
それはこの男も同じ。彼の魂は死んだも同然。
彼の居場所は、真選組をおいて他になし。
「○○の言う通りだ」
背後から聞こえた声に○○は振り返る。
「真選組こそが俺達の生きる場所だ」
「近藤さん、総悟」
ドライバーとして各々見つけた居場所を捨て、彼等は舞い戻った。