第51章 【第五十訓】マイナスドライバーもあまり見ない話 其ノ一
こそりこそりと、○○は部屋を移動する。
早々に歯磨きを切り上げ、顔を洗った。寝惚け眼を抉じ開けて見ても、やはり鏡に映る自身の髪はどう見てもマイナスドライバーだった。
一体、何が起こっているのか。考えても、答えなど見つからない。
着替えを済ませ、表へ出るために店へと足を向ける。
まだ昼過ぎだ。当然『スナックお登勢』は営業時間外。お登勢は留守にしているようだ。キャサリンも出勤していない。
こんな状態の頭を見られたくはない。
残るはもう一人――正確に言えば、一機。
彼女が出掛けることはほとんどないため、家の中にはいるだろう。
店を覗くと、幸いそこには誰の姿もなかった。
足音を忍ばせ、扉へと向かう。しかし、どこに行けばいいのかと考えながら歩を進める○○の背後から、
「○○様、おはようございます」
しゃんとした声が聞こえ、肩を震わせた。
「お、おはよう」
○○は振り返った。
そこにはモップを手にした新しい同居人の姿。
「どうされましたか」
『“芙蓉”伊-零號機』こと、たま。
頭部だけになりゴミ捨て場に転がっていた所を神楽が拾い、何やかや万事屋もイザコザに巻き込まれて引き取ることになった機械家政婦だ。
今は『スナックお登勢』の従業員として働いている。
彼女は○○の頭部に目を向けていた。
「う、うん、ちょっと寒気がして……」
○○はマイナスドライバーとなった髪を隠すため、マフラーをグルグル巻きにして頬被りをしている。
「風邪ですか」
「そうかもしれない」
髪の毛がマイナスドライバーになる風邪の症状なんてあっただろうかと、○○は息を吐く。
「それで遅くまで寝ておられたのですね」
たまは得心がいったように頷いた。
「う、うん……。だから、ちょっと病院に行ってくる」
「風邪をひいた時は栄養補給が一番です。上質のオイルをご用意しておきますね」
「いやそれたまちゃんにしか効かないから」
「お気を付けていってらっしゃいませ」
たまの声を背中に受けながら、○○は扉を開けた。