第51章 【第五十訓】マイナスドライバーもあまり見ない話 其ノ一
目を覚まし、上半身を起こした○○は伸びをする。
「え?」
柱時計に目を向け、我が目を疑う。
短い針は二の傍を示し、長針は短針とは真逆の数字を指していた。午後一時四十分。
なんて時間まで寝ていたんだと、○○は起き上がってカーテンを開ける。
陽は真上に上がっていた。時計が狂っているわけではないようだ。
朝寝坊にも程がある。
昨夜は酔客達がいつも以上に盛り上がっており、夜中に何度も起こされてしまったためだろうか。それにしても寝すぎだ。
起き上がった○○は洗面所へと向かった。
いつも通りうがいをし、いつも通り歯ブラシを手にし、いつも通り歯を磨く。
日常の動作は頭を働かせずとも無意識に行える。
鏡に自らの顔が映っているが、意識して見ることはない。
たとえ自分の風貌が普段と違っていても、寝起きのぼんやりとした頭ではすぐには気づかなかった。
「ふん……?」
○○は歯を磨く手を止めた。
パチパチと瞬きをする。歯ブラシを銜えたまま、鏡に両手をつく。
「ふんんん!!?」
○○は唸る。
歯ブラシを銜えていなかったら、もっと大きな叫び声が出ていたに違いない。
鏡に映る○○の髪は、銀色の光を帯びていた。
だが、銀時のように毛髪が銀色になっていたわけではない。
○○は眉間に皺を寄せ、自らの頭に手を当てた。
「ふんご!」
その感触はとても髪の毛に触れたものではなかった。硬い、金属の触り心地。
確かにそれは、鏡に映っているものに触れた感触。
「ふんんん!!?」
まるで、毒蛇の髪を持つメドゥーサの如く。
○○の髪は禍々しい光を放っていた。ただし、○○の髪の毛は蛇ではない。
○○の髪は、マイナスドライバーになっていた。