第39章 【第三十八訓】天堂無心流VS柳生陳陰流 其ノ三
繁みへと足を踏み入れた○○は耳を澄ました。
周囲に目を配る。誰かがいる気配はある。だが、気配の出どころがわからない。
無音。
草木の揺れる音もしなければ、風の一筋も通らない。
それなのに、大勢に見られているような嫌な感覚がまとわりついている。
○○は一本道を走った。嫌な視線は付きまとう。誰もいない。姿は見えない。それなのに、視線だけがずっとついて来る。
「姉ちゃん。こっちじゃ、こっち」
突然、頭上から声が降って来た。
声の主は、音もなく木から木へと飛び移っている。
姿を捉えるのがやっと。まるで天狗のような身のこなし。あれは人間なのだろうか。
その姿が突然、地上へと落下した。○○の背後でガサガサと音が立つ。
用心しつつ覗き見ると、人間に見えなくもない小さな老人が腹を抱えてのた打ち回っていた。
くぉぉぉぉと苦し気なうめきを上げている。
「あの……」
この人は大丈夫なのだろうか。
それ以前に人なのだろうかと、近づくのをためらっていた○○だが、老人の額に皿が巻かれているのに気づいた。
○○の頭上に乗っているものと同じ。紛れもなく、この戦いに参戦している者の証。
九兵衛と柳生四天王。この中に大将はいないと九兵衛は言っていた。
では、目の前でのた打ち回っているこの老人が大将ということではないか。