第30章 【第二十九訓】妖刀『紅桜』 其ノ三
「だから甘いんスよ! 武市先輩は!」
扉を遮るように一人の女性が立っていた。
両手に銃を構えている。
「止まるっス! 止まらないと撃つっス!」
威嚇されても、○○は足を止めなかった。
「聞こえないんスか!?」
勢いを殺してしまったら確実に捕まる。
「撃つなら撃てやァ!」
と、○○は女の脇を抜けた。
的を定めさせないように、ジグザグに疾走する。
「その女を止めるっス!」
通路を全速力で走る○○は、複数の浪士が歩いているのも気にせず駆け抜けた。
「死にたい奴はかかって来い!!」
浪士達をものともせず、○○はどこまでも走る。
常日頃、宇宙最強種族・夜兎族の生き残りや、日本一の武装組織の面々とやり合っている成果は伊達ではない。
手が使えずとも、一介の浪士など恐るるに足らず。
「この女といい、あのガキといい、なんなんスか! 止めてやる! 息の根、止めてやる!」
既に遠くまで駆け去っている○○に向け、女は銃を向けた。
「いけません。人質を傷つけてはいけないと言われているでしょう」
○○が去った部屋から聞こえた声。
まんまと○○を逃がしてしまった、武市と呼ばれた男。
へっぴり腰になりながらも、女の元へと歩み寄る。
「わかってるっスよ! 威嚇するだけっス! でもあのガキは息の根も止める」
「それもダメだって。あの娘も生かしておきます」
「いーや、あの女を殺れない分、あのガキは殺す」
「ダメだってお前、あと二、三年は生かしておかないと、ダメだって」
不毛な言い争い。
話の争点は、昨晩捕まえた夜兎の娘、神楽の処遇について。
「あなたの腕じゃ、威嚇のつもりで撃ち殺してしまう可能性が高いでしょう。オメェ、下手だから」
「手ェ滑らせてテメェの頭撃ち抜いてやろうかァァ!?」
女は武市の頭に左手の銃を当てた。
「見てるっス。女の進行方向の足元射抜いて、足止め……」
右手を構え、女は前方を見据えた。
銃口の先にはあるのは、虚空のみ。
「逃げられてるじゃないっスかァァ!!」
仲間割れの最中に、○○は逃走を完遂した。