第30章 【第二十九訓】妖刀『紅桜』 其ノ三
「お前さん、記憶喪失なんだってな」
高杉は○○を見下ろしながら口を開いた。
○○は手首を動かす。括られた縄はびくともしない。
「その上、今度はかどわかしたァ、数奇な運命じゃねーか」
高杉は膝を折り、○○と目線を合わせた。
○○の顔へ向けて煙を吐く。その匂いに眉をひそめる。
「あの男がなんて言って俺の所にお前さんを置いて行ったか、わかるか?」
――アンタへの手みやげだ。
勝手に『紅桜』を持ち出した岡田は、右腕を失って戻って来た。
肩に女を乗せて。
「どういう意味かわかるよなァ」
高杉は○○の顔に手を伸ばした。
後ろ手に縛られているため、逃げることは出来ない。だが、足と口は自由に動く。
伸ばされた高杉の手は、○○の蹴りで払われた。
「次はその指、噛み千切る」
○○は高杉を睨みつける。
高杉は口元を緩めた。
「気の強ェ女だな。舌噛んで死んでやるくらい言えねーのか?」
「死んでたまるか!」
生きて、必ず銀時の所へ。
自分の身に何かあれば、銀時は自分を責める。そんなことはさせられない。
いざとなれば、手首をへし折ってでも縄から抜けてやる。
「クク……」
笑いながら高杉は立ち上がった。
「安心しな。てめーみてーな小汚ねェ田舎女に手ェかける程、女に困っちゃいねーよ」
高杉の姿は後方へと消えた。
扉が閉まる音と共に静寂が訪れる。