第30章 【第二十九訓】妖刀『紅桜』 其ノ三
目を覚ますと、見たことのない部屋で座っていた。
板張りの壁と床。目の前には鉄格子の嵌められた小さな窓が等間隔で並んでいる。
そこから差し込む明かりだけが、辛うじて部屋の様子を○○の目に映す。
窓外に見えるのは、曇天の空と色素の薄い雲だけ。
立ち上がろうとして初めて気がついた。手が動かない。後ろ手に括られている。
(銀……)
不意に、昨夜の光景が脳裏を過ぎる。
人斬り似蔵に胸を裂かれ、脇腹に刀を突き立てられた銀時の姿。
「銀さん!」
「ようやくお目覚めかい」
声を上げると同時に、背後から男の声が聞こえた。
○○は後方に首を捻る。凭れているのは壁だと思っていたが、実際には背の低いコンテナのような木箱だった。
その上に男は腰をかけている。しかし、○○の位置からその姿はほとんど見えない。
派手な色の着物の裾と、床に下ろされた草履のみが目に入る。
○○は眉をしかめる。
男は立ちあがると、○○の前に姿を現した。
右手には煙管を握っている。包帯の巻かれたその顔を、○○は知っていた。
「高杉、晋助……?」
何度も指名手配書で見たことがある。
攘夷浪士の中で最も過激で、危険と言われている男。
「ほォ。俺を知ってんのかぃ」
真選組にいた頃に何度も名前を耳にしていた。
この男には何人もの幕府役人が惨殺され、警察関係者が返り討ちに遭っている。
「岡田似蔵は……アンタの仲間?」
おぼろげな記憶の中、岡田に攫われたことは覚えている。
追って来る新八を帰してすぐに、意識は途絶えた。
あの男は攘夷浪士だったのか。