第18章 【第十七訓】どうでもいいことは忘れていい話
「何だ、貴様ら。店の前で騒々しい。営業妨害ならばただでは済まさぬぞ」
新八の頭上に威圧感のある声が降った。
その声に顔を向けると、見覚えのある長髪と、見覚えのある白い生物がいた。
「ん? なんと……! ○○殿であったか……!」
「か……、ヅラ!」
「かヅラではない、桂だ。わざわざ言い直すとは、さては記憶を失った○○殿は意地悪っ子だな」
ははは、と桂は笑っている。
「やめてくんない? その気持ち悪い言い方」
○○は瞳を白けさせる。
自分の知る攘夷浪士の桂小太郎は、大使館爆破や幕府要人暗殺を企てる凶悪犯だ。
本当にこの男は桂小太郎なのだろうか。
「ちょうどいい。まだ○○殿にはきちんと謝っていなかったな。○○殿、申し訳ないことをした」
桂は丁寧に頭を下げた。
「何?」
○○は眉間に皺を寄せる。
敵として追っていた相手に謝られるだけでも居心地が悪いが、何に対して謝っているのか見当がつかない。
「俺からの文を見て江戸に来たということは、記憶を失った発端は俺にあるということだ。まさか、○○殿が本当に来るとも思わなんだ。すまぬことをした」
桂が謝っているのは、手紙の件だった。
江戸へ誘う文さえ出さなければ、○○が来ることはなく、記憶を失ってしまうことはなかったはずだ。
「私がアンタの手紙で来たって、まだ決まってないし」
自分が江戸に赴いた理由が桂にあるとは、○○には思えなかった。
この男から文が届いたからといって、その地を訪れるだろうか。
桂には自分を動かすことなど出来ない。記憶はなくとも、そんな気がする。
「他に○○殿が江戸に来る理由もあるまい。なァ、銀時」
桂は銀時に目を向けた。
銀時は無表情のまま桂を見る。その瞳は死んだ魚のようではなかった。
「どうした、銀時。何か悪いものでも食べたのか? 顔つきがいつもと違うではないか。攘夷戦争の頃のように凛々しいぞ。そうか、また幕府と戦う気になったのか」
共に力を合わせようぞ、と桂は拳を握っている。
○○と新八は目を見合わせた。
「あの、桂さん、それが……」
新八は銀時の身に起こったことを説明した。