第18章 【第十七訓】どうでもいいことは忘れていい話
「『万事屋銀ちゃん』」
銀時は看板を見上げて呟く。
複雑に絡み合っている人の記憶は、一つのきっかけで動き始めるという。
気長に、あせらず。医者はそう言っていた。
「まァ、ここに記憶が戻らない実物がいるから、信用ならないけどね」
○○は神楽の横で看板を見上げる。
「○○さんの場合、きっかけとなり得るのは銀さんだけですからね。銀さんが昔のこと喋らないわけですから、仕方ないですよ」
新八と神楽は、万事屋での暮らしぶりを銀時に伝えた。
何でも屋を営んでいること、全く仕事がないこと、家賃を払ってないこと。
聞けば聞くほど、銀時は記憶を奥底へと押し込んでしまいたい思いに駆られている。
「アンタねェ! みんながこんなに協力してるんだから、思い出そうって努力しなさいよ!」
非協力的な銀時と桂しかきっかけが存在していない○○は、恵まれた環境で過去を封じ込めようとしている銀時を非難する。
お登勢の提案で、四人は江戸の街をぶらりとめぐることにした。
「そういえば、私、あんまり出歩いたことないなァ」
建物を見上げ、○○は呟いた。
「こんな所、初めて来た」
○○は周囲の建物を見回す。
スナックやキャバレーが立ち並ぶ歓楽街。
「かぶき町は治安を守るのが大変だって近藤さんが言ってたけど、こういう場所のこと言ってたんだね」
長閑な場所しか知らなかった○○にはその言葉に実感がなかったが、こうして実際に来てみればわかる。
夜になれば酔客や客引き、お水のお姉さん方で溢れるだろうこの場所で、イザコザが起こらないわけがない。
「あれってラブホテルだよね。中がどうなってるのか、見てみたい!」
往来を抜けた先に、ピンク色の看板がかかった建物が見え、○○は指さした。
「一人じゃ断られちゃうから、銀さん連れて行って来てもいい?」
新八は頬を引きつらせる。
「子どもの前でそういうこと言うの、やめてくれません?」
新八は神楽の耳を押さえている。
「何すんじゃァァァ!」
しかし、軽々とその手は払われた。
頭に踵落としを食らい、新八は額から地面に叩きつけられた。