第16章 【第十五訓】美味しいものほど当たると恐い話
手配書で描かれたままの顔。
過激攘夷志士の頭目には見えない、優男風の顔が目の前にある。
その瞳が、徐々に見開かれていく。
「○○、殿……?」
形の良い口から放たれたのは、自身の名前。
「――え?」
桂が自分の名前を口にした。
いろいろ巡らせていた思考が、一瞬にして停止した。
「○○殿……こんな所で何をしているのだ。なぜ江戸に。まさか」
桂は○○の両肩を掴み、揺さぶった。
「俺が出した文を読んで来たのか? ならば、今まで一体どこに……!」
○○の思考回路はショートした。
眉間に皺を寄せ、桂の顔を睨み上げる。
「○○殿……?」
かつて見たことのない○○の表情に桂はたじろぐ。
○○は桂の両手を振り払うと、桂の横をすり抜けて走り出した。
桂の背後には大きな目と黄色いくちばしを持った謎の生物が立っていた。
初めて見たら誰もが驚く風貌だが、○○は気にも留めずに走り去る。
「待っ……、○○殿!」
院内用のスリッパから奏でられるペッタペッタという音が小さくなるにつれ、その姿が遠ざかる。
「走らないで下さい!」
看護婦の注意も耳に入らず、○○はひたすらに駆けた。
「なぜ……なぜ、逃げるのだ……」
桂は放心していた。
故郷で自分の帰りを待っていると思っていた○○と、こんな場所で再会しようとは。
「また311号室の患者さんね。全くもう。あの病室は全員うるさくて嫌になるわ」
○○を叱った看護婦が溜め息を吐いていた。
「311号室……」