第16章 【第十五訓】美味しいものほど当たると恐い話
「はい。しばらくお休みさせていただきます」
病院内の公衆電話から、○○は茶屋に電話を入れた。
食中毒で入院し、しばらく休まざるを得なくなった旨を伝えるため。
「治療費と入院期間中働けない分でどれだけの損になるんだろ」
○○は溜め息を吐いた。
長谷川に比べればマシだが痛手には変わりない。
「でもまァ、なっちゃったものは仕方がない。しっかり休んで、今後に備えよう」
何事も、前向きに。
そう思い直して、しっかり前を見て歩いた。
角を曲がった所で、○○は目を見開いた。
廊下の向こうから、見覚えのある長髪がこちらに向かって歩いて来る。
それは、指名手配中の攘夷志士・桂小太郎に違いなかった。
真選組が幾度も尻尾を捕らえては、あと一歩で逃げられている人物。
しっかり前を見据えて歩けば、自ずと幸運は向こうからやって来るもの。
手配書でしか拝んだことのなかった顔。
この目で本人を見るのは初めてだ。
ここで会ったが百年目。
今こそお縄を頂戴してやる。
「か――」
つらァァ!! と襲いかからんとした○○だったが、我に返り、曲がり角に身を隠す。
今はもう、自分は真選組でも何でもない。
ただの一般市民なのだということを思い出した。
ここは「大江戸病院に桂の姿を発見した」と、市民らしく通報するのが普通だ。
○○は踵を返し、公衆電話へと引き返す。
「何奴!」
だが、すぐにその足を止めざるを得なくなった。
背後から声が聞こえると共に肩を掴まれた。
桂に違いない。
「貴様、何者だ!」
桂は○○の存在には全く気づいていなかった。
『壁の向こうから殺気が』――桂の隣を歩いていた白い生物が感づき、そう桂に知らせた。
喋れないのか、それはボードに書かれていた。
ここで逃げれば桂は怪しむだろう。
通報することに感づかれ、姿を消されては堪らない。
○○は考える。こっちは隊服を着ているわけではないのだ。
人畜無害のただの女に見えるはず。
自分は貴方など知らない、何を勘違いしているのですかとやり過ごし、通報に向かうのが得策。
○○は渋々振り返った。