第15章 【第十四訓】メガネがないと明日も見えない話
「天井ヨシ」
○○は天井を指さした。
大穴は塞がれ、雨が降っても大丈夫な程には修繕されている。
「床ヨシ」
○○は床を指さした。
天井から散らばった木片などは掃かれ、綺麗な畳が見えている。
「人の部屋で何してんだ」
「住人ヨ……クナイ!……どーしたの、それ!」
振り返ると銀時が立っていた。
額と両頬に白く大きな絆創膏が貼られている。
「何もねェよ」
言いながら絆創膏を剥がすと、ゴミ箱に捨てた。
両頬は本当に何もないようだが、額だけは赤い。
「やっぱ、袴はかったりーな」
○○の横を通りすぎると、箪笥を開け、いつもの着物を取り出した。
「どーだったの。天女様のご実家へのご挨拶は」
「あ? 天女?」
○○は天井を指さした。銀時は指を追って頭上を見上げる。
そこには修繕されたばかりのツギハギの木目が見えている。
「さっちゃん、空から降って来た天女様だった」
「みてーだな。超高層のゴウジャスな屋敷に住んでたぜ」
「わかった。その傷、お父様にぶん殴られたんでしょ」
娘を傷物にしおってと。
天女様、もといさっちゃんが屋根をぶち破って落ちて来たなら、銀時とさっちゃんの間には何もない。
それは○○にもわかっているが、何となく小芝居を続けていたい気分。
「バカ言うな。何もなかったって信じてもらったんだ。殴られっかよ」
「じゃあ、結婚は?」
「するわけねーだろ」
銀時は首筋をさする。
「筋通してきちんと向き合ったことで誤解が解けたんだ。三下なんて言わせねーぞ」
○○は目をしばたたかせる。
とんだ三下――言い訳がましく責任逃れしようとしている銀時に、○○が吐いた言葉。
それは銀時への侮蔑だけで吐かれた言葉ではなかった。
自分の心に巣食う、モヤッとした感情への憤り。
自分は銀時に同居人として以上の感情を抱いている……?
そんな言葉を銀時は気にしたというのか。
「で、さっきから着替えよーとしてんだけど、いつまでいんだ? 見てーのか?」
「な……!」
「ふご!」
○○は銀時の頬を一殴りして出て行った。
「……ッたく。好きな女を追い出して別の女と新婚生活なんざ、真っ平ご免だ」
全く痛くない頬をさすりながら、銀時は呟いた。