第4章 自分の大切な人を心配させないように
夜中、アルミンは隣から聞こえる呻き声にそっと目を開けた。
隣では姉が寝ているはずだ。今回の休暇は泊まれるように2日分取ったんだ、とアルミンや祖父に夕食の席で自慢げに言っていた。
「姉さん?」
久しぶりに長く話をし、外の世界のことを美しく語ってくれた姉が寝たのはもうずいぶん前だ。
眠った記憶がアルミンにはないため、おそらく話の途中で寝落ちしてしまったのだろう。
暗闇に慣れない目を擦り、姉のほうに手を伸ばす。
「大丈夫?」
アリアはなにかに耐えるようにその身を丸めていた。
両手で頭を抱え、ぶつぶつと呟いている。
「ご、めん、なさい」
謝っていた。
「たすけ、られなくて、」
夢の中で、だれかに謝罪をしている。
伸ばした手がアリアの頬に当たった。
生ぬるい液体が指先につく。
「姉、さん……」
アリアは泣いていた。
それはアルミンを静かに驚愕させた。
姉はなにがあっても泣かないのだと思っていた。
いじめっ子に殴られても。
転んで怪我をしても。
大人に怒られても。
アルミンの知るアリアは一度も泣いたところを見せなかった。
「オリヴィア……」
アリアの口から小さな声が溢れた。
アルミンはその女性の名前を聞いたことがあった。
アリアが訓練兵時代。送られてきた手紙にはいつもその名前が書いてあったのだ。
オリヴィアが──
オリヴィアに──
オリヴィアったら──
笑いながら彼女の名前を呼ぶアリアの姿は容易に想像できた。
きっととても仲が良いのだろう。
そう思っていた。
不意にアルミンの脳裏に壁外調査から帰ってきた姉の顔が浮かんだ。
唇を横に結び、光のない目で、血に塗れて馬に揺られていた。
空っぽで、なにか大切なものを失ってしまったのだと、あのときすぐに気づいた。
「姉さん」
もしかするとアリアがあの日なくしたのは──
アルミンが揺すると、アリアの目が開いた。