第4章 自分の大切な人を心配させないように
グリュックの鼻の鳴らす音にアリアは我に返った。
つい物思いにふけりすぎていたようだ。
「どうしたの? グリュック」
「か、返してよ!」
ぱち、とアリアは目を瞬かせる。
もちろん今の声はグリュックではない。だがアリアには聞き覚えがあった。
「アルミン……?」
「っへー、気持ちわりぃ! おまえ姉ちゃんに大好きとか言ってんのかよ!」
「おっえー、きっもー」
アリアはグリュックの手綱を引き、ほぼ歩みを止めた。辺りを見渡せば、すぐに声の主たちは見つかった。
大通りから少し離れた路地裏。
壁に背中をつけ、目に涙を溜めるのは金髪の少年――アリアの弟のアルミンだ。その前でニヤニヤと意地の悪い笑顔をしているのは、よくアルミンに絡むいじめっ子たちだ。
いじめっ子の1人の手には紙の束が握りしめられている。
「そ、それは今から郵便局に出しに行くんだ! 返してよ!!」
どうやらアルミンはアリアに手紙を出そうとしてくれていたらしい。
アリアは顔を険しくすると、グリュックから降りた。
手綱を握り、アルミンを助けようと足を踏み出した。
「つーかお前んとこの姉ちゃんこの前見たぜ!」
「おれも見た見た! 血だらけで気持ち悪かったー!」
「な! 自分から死にに行くなんてどんな神経してんだよ!」
思わず足が止まった。
この前見た、とは恐らく1週間前の壁外調査のことだ。あのとき、たしかにアリアは血まみれだった。オリヴィアの血を全身に浴びたまま帰ってきた。
(……気持ち悪い、か)
アルミンもそう思ったのだろうか。
無表情で、血を浴びて帰ってきた姉を見て、どう思ったのだろうか。
グリュックが心配するようにアリアの後頭部を鼻面で突つく。
「う、うるさい!! 姉さんを悪く言うな!!」
アルミンの強い声に、アリアはハッと目を見開いた。