第3章 正しいと思う方を
初夏の香りを乗せた風が吹き、アリアの黒のワンピースの裾を押し上げる。
それを押さえ、アリアは持っていた花束をそっと置いた。
――オリヴィア・スカーレット
その名前は墓石に刻まれていた。
「オリヴィア」
やっとオリヴィアの墓参りに来ることができた。
心の整理に時間がかかり、結局壁外調査から帰ってきて1週間経った今日、ようやくここに来る決心がついたのだ。
よく晴れた日だった。
「……なんとか毎日生きてるよ」
墓石の前にしゃがみ、周りにだれもいないことを確認してオリヴィアに話しかける。
まだあの日の夢を見る。
悪夢で飛び起きる。今日だってそうだった。
立体機動の訓練をしているとあの瞬間を思い出し、体が動かなくなることもある。
「それでも、調査兵団としてやって行けそうだよ。もう二度とあんな思いをしたくないから、仲間を見殺しになんてしたくないから、だからわたし、頑張ってるよ」
手を伸ばし、墓石に触れる。
太陽の光を浴びたそれはほのかにぬくい。
「オリヴィア、見てて。わたし、壁の外に行くから。自由を取り戻すから。だから……心配しないでね」
当然だけれど返事はない。だがアリアはそれでよかった。
ちゃんと彼女の死を受け入れることができた証だから。
「あなたの死は無駄になんかしない。絶対に」
墓石から手を離し、アリアは立ち上がった。
また風が吹く。
おろされたアリアの金髪が大きくはためく。
「今までありがとう、オリヴィア」
アリアは拳を握り、そのまま左胸に当てた。
同期の中で唯一生き残ったこの命。
決して捨てはしない。
海をこの目で見るまでは。
「………………」
最後に微笑み、アリアは墓石に背を向けた。
墓地から去っていくその後ろ姿を見る人影が1つ。
その男もまた、仲間の弔いに来ていた。
――ファーラン・チャーチ
――イザベル・マグノリア
その2つの墓石に花を供え、男は息を吸った。
「ファーラン、イザベル、聞いてくれ」