第3章 正しいと思う方を
「アリア」
優しい声にアリアはぼうっと見ていた談話室の暖炉の炎から顔を上げた。
「……エルヴィン分隊長」
瞬きを何度か繰り返し、今にも消えそうな声でアリアはその男の名を呼んだ。
時刻はもう日付を越えそうな夜中。
書類仕事をしていたのか、エルヴィンの頬には少量のインクがついていた。
エルヴィンはアリアのそばに近寄り、暖炉の近くの肘掛椅子に腰かけた。
「そろそろ寝なければ明日に響くんじゃないか?」
アリアは黙って視線をエルヴィンから炎へ戻す。
「そう、ですね」
やがてアリアから発せられたのは自分でも驚くくらい冷えた声だった。
以前までならこんな返事の仕方、急いで謝っていただろう。椅子から立ち上がり、腰を折りそうな勢いで。
だが今のアリアにはそれをする気力がなかった。いや、他人からの評判などどうでもよかった、と言うほうが正しい。
「ハンジから聞いたよ。ろくに食事をしていないんだろう?」
「……不思議と腹は減らないので」
「先の壁外調査のせいか?」
「…………」
アリアは答えない。
口を噤み、目を伏せた。組んだ手を見下ろし、押し黙る。
「兵士は体が命だ。体調を崩してからでは――」
「わたしの同期は先日の壁外調査で全員死にました」
今度はエルヴィンが黙る番だった。
兵舎の中を探し回っても、だれ1人としてアリアの同期はいなかった。
一つ一つ、部屋を覗いてもそのすべてに荷物がなかった。
全員、死んだのだ。
夕焼けが斜めに差し込む廊下でアリアはその事実に気づかずにはいられなかった。
結局、生き残ったのはアリア1人だった。