第3章 正しいと思う方を
ジャケットの胸ポケットからハンカチを取り出す。
レースのあしらわれた純白のハンカチ。隅にはガタガタの刺繍がされているハンカチ。
アリアの全身は雨に濡れていたが、ハンカチだけは無事だったらしい。
アリアは再び地面に膝をつき、それをリヴァイに差し出した。
「……は?」
掠れた声がリヴァイの口からもれた。
ハンカチとアリアの顔を見比べ、怪訝そうに顔をしかめる。
しかしそれを気にせず、アリアはリヴァイにハンカチを半ば無理やり押しつけた。
「使ってください」
「……いらねぇ」
「使ってください」
「だから……」
「使ってください」
これ以上なにを言っても無駄だと思ったのだろう。
リヴァイはハンカチを渋々といった様子で手に取った。真っ白なそれはリヴァイが手にした瞬間、血と泥で汚れる。
わずかに彼の顔が歪んだ。
「使ってください。汚れても構わないので」
そもそもハンカチは汚れるためにあるのだ。
アリアは立ち上がって、グリュックを引き寄せた。鞍にまたがり、遠くで待っているエルヴィンのほうにグリュックの頭を向けた。
「おい、お前」
グリュックを走らせようとしたとき、背後から小さな声がかかった。
振り返ると、リヴァイが立ち上がっていた。アッシュグレーの双眼がなんの感情も乗せずアリアを見ている。
「なんでこんなことをするんだ」
最もな疑問にアリアはしばらく黙った。
なぜリヴァイにハンカチを渡したのか。
すぐに理由は浮かばなかった。
自分でもわからなかったからだ。
「……だれだって」
やがて、アリアは呟いた。
「だれだって、汚れているのは嫌でしょう?」
ただそれだけだった。
それだけの理由だった。
拍子抜けしたように口を開けるリヴァイにアリアはかすかに微笑み、今度こそエルヴィンのほうへ向かった。
夕日がアリアを赤く染め上げる。