第3章 正しいと思う方を
どれくらい走っただろうか。
最初は初めて見る景色に感動していたが、時間が経てばその感動も薄れ、逆に緊張感が増していく。
様々なところから赤い信煙弾があがり、それを避けるようにキースが緑の信煙弾を撃つ。それを何度も何度も繰り返し、そろそろ補給地点に到達しそうだ。
「……団長」
不意に険しい顔をしてエルヴィンが空を見上げて硬い声を出した。
つられてアリアもエルヴィンの視線の先を追う。
「降ってきそうですね」
「……あぁ、そうだな」
エルヴィンが言っているのは空模様のことだ。
さっきまで晴れ渡っていた空だったが、いつの間にか遠くのほうは黒い雲に覆われている。
(雨が降ったら……信煙弾の煙は見えるのかな……?)
煙は雨にかき消されるかもしれない。もしそうなれば陣形は壊滅する。視界も悪くなり巨人との遭遇に気づくのも遅れる。
降らないことを祈るしかないが、アリアの肌と鼻をかすめるのは湿気と雨の香りだ。
今まで何度も嗅いできた匂いを間違えるはずがない。
これは――雨が降る。
そのとき、左斜め前で何本もの赤の信煙弾が撃ちあがった。
「エルヴィン」
「了解。……アリア、ついて来い。応援に行く」
「りょ、了解!」
キースの一声でなにかを察したエルヴィンがアリアに合図を出し、馬の頭を信煙弾のあがったほうへ向けた。
アリアも慌ててその後を追う。
初の巨人討伐になるかもしれない。
ドッドッドッ、と心臓の鼓動が体の内で鳴り響く。手汗が滲み出て手綱を濡らした。
グリュックにも緊張が伝わっているのかわずかに走る足が遅くなる。
「……大丈夫、大丈夫だよ。グリュック」
グリュックの耳元に囁き、アリアは歯を食いしばった。
「わたしは死なない」