第17章 殺したくてたまらないという顔
地下室へ続く階段を足音を立てずに降りる。まだ昼間とはいえ、そこは薄暗く、どこかジメジメとしているようにも感じた。
突き当たりにある木の扉に触れる。
ドアノブに手をかけて、一瞬躊躇いが生まれた。
大人から「してはいけない」と言われたことをきちんと守るのがアリアだった。大人との約束を破ったことなど一度もない。それなのに、今、アリアは生まれて初めて大人の言うことを無視しようとしている。
唾を飲み込んだ。
いいや、もうここまで来たのだ。この先がどうなっているのか、見てみたい。
ドアノブを掴んだ手に力を込めた。
ギギ、と軋みながら扉が開く。
部屋の中は暗かった。だが何も見えないというほどでもない。
アリアはそっと足を踏み入れて辺りをぐるりと見渡した。
「……ふつうの部屋だ」
拍子抜けだった。
壁に沿うようにして設置された棚には医者らしく、さまざまな薬の入った瓶が並べられている。本棚には題名からして難しそうな本がきちきちに詰まっていて、整理整頓されていた。
真ん中に机が一つあるだけで、あとはどこにでもある部屋だった。
しばらくアリアはその場に立ち尽くしていた。
ドキドキと高鳴っていた心臓はすっかり静かになり、次第にアリアの心の中に「つまんないの」という言葉が浮かぶ。
大人がしっかりと隠していたものがこんなありきたりな仕事部屋だったなんて。
誰かに見つかる前に戻ろう、と踵を返しかけたアリアは机の上に置かれたある物に目をとめた。
「鍵……?」
紐がつけられた鍵がそこに置いてあった。
何かに引き寄せられるようにして、アリアはそれを手に取る。
よく見てみると、それがイェーガー先生がよく首からぶら下げている鍵であることに気がついた。エレンがその鍵を使いたいとごねているのをたまに見かける。それを使って地下室に行きたい、と。
つまりこれは地下室の鍵で、イェーガー先生の忘れ物だろう。
先生は今日、診療所に行くと言っていた。
地下室に入ったとバレるのも嫌だし、これは元の場所に置いておこう。
そう思って鍵を机の上に置こうとした。
「アリア」
背後から静かな声が聞こえた。