第17章 殺したくてたまらないという顔
娘が気球に乗りたいと言ったばかりに殺されてしまった二人。
「もし、わたしが気球に興味を示さなかったら? もし、あの馬車の中で目を覚まさなければ?」
エルヴィンはゆっくりと手をおろした。
アリアを見据える。じっと、アリアの話を聞いている。
「いろんな“もし”をたくさん考えました。今だってそれに悩まされている。でも結局は、“わたしがいなかった”としても……」
わたしがこの世に存在しなかったとしても。
「何も変わらなかったのかもしれない」
二人は気球に乗ったのではないだろうか。
そして、王政に見つかり、やはり殺されていたのではないだろうか。
「なんて」
冗談めかしてアリアは笑う。上手く笑えている自信はなかった。
エルヴィンは何も言わなかった。言うべき言葉を探しているようには見えなかった。やがて何かを確信したように微笑んだ。
「……父の仮説はいつの間にか俺の中で真実となっていた。俺の人生の使命は父の仮説を証明することにある。俺はそれだけのために命を賭けている。周りからすれば馬鹿みたいだと思われるかもしれない。もうこの世にいない人間のために自分の命を投げ捨て、調査兵団に入るなんて」
「エルヴィン団長が調査兵団に入ったのはそれが理由なんですね。人類のためでも、名誉のためでもなく、自分自身の使命を果たすために」
アリアの言葉にエルヴィンは頷いた。
静かだが、重々しい頷きだった。
「よく、わかります」
本当によくわかる。アリアには手に取るようにわかってしまう。
だってアリアも同じだから。
「君に初めて出会い、入団理由を聞いた瞬間俺は心底驚いたよ。まさか弟のために……」
「頭がおかしいでしょうか」
アリアが問う。それを聞いた瞬間、エルヴィンは笑った。大きく口を開き、声を出して笑った。
「あぁ、おかしい。気が狂っているとしか言いようがない。俺たちは頭がおかしいんだ」
互いの運命を変えたあの日に頭のネジを落としてしまったに違いない。
エルヴィンの言葉にアリアは笑った。
落としたネジを拾いに行くにはもう手遅れだった。