第17章 殺したくてたまらないという顔
「……でも、確かに」
我々は壁の外の広さを知らない。知ること自体禁じられてきた。それなのにこの壁内以外に人類が存在しないなど、誰が調べたのだ? そもそもどうやって。
現に(これはアリアの考えた仮説ではあるが)、壁内に住まう人類を滅ぼそうとする人間が現れたではないか。
「それで、お父様はなんと答えたんですか?」
顔を上げる。アリアは真っすぐにエルヴィンを見据えた。
「その場では何も答えてくれなかったよ。曖昧に濁されて、授業は進んだ。だが家に帰ってから話してくれたんだ」
そこでエルヴィンは一旦口を閉じた。
ゆっくりとソファから立ち上がり、すりガラスの嵌まった戸棚を開ける。中には来客用のティーカップやポット、上品な色の酒が入った瓶が並んでいた。
エルヴィンはその中から琥珀色の液体が入った瓶と小さなグラスを取り出す。
「君もどうだ?」
「……いえ、もう夜も遅いですし、先生から酒はあまり飲むなと言われているので。美味しいチョコレートがあったら話は別ですが」
「君のためにこの棚にはチョコレートも常備しなくてはならないな」
彼は満足そうに口角を上げ、ソファに戻る。
きゅぽっと小気味良い音がしてコルクが抜かれる。中身を少しだけグラスに注ぐと、エルヴィンはそれは一気に煽った。
見ているだけで初めて酒を飲んだ瞬間を思い出した。
喉が焼ける感覚が蘇ったような気がして、アリアは無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
「さて、どこまで話したかな。……あぁ、父の答えだったね」
グラスがテーブルに置かれる。エルヴィンはそれ以上酒を飲む気はないのか、もう瓶には触れなかった。
「王政の配布する歴史書には数多くの謎と矛盾が存在する。まず父はそう言った」
エルヴィンは黙り、アリアを見た。
アリアの頭にその言葉の意味が染み込むのを待ってから言葉を続ける。