第17章 殺したくてたまらないという顔
「……俺の父は教師だった」
それは、エルヴィン・スミスという男の人生を決定づけた日の話。
「俺は父が開く教室に通っていて、その日は歴史の授業を学んだ」
常に明快に話すエルヴィンが言葉を選ぶようにして話しているのが、アリアにはわかった。この話をするのに慣れていないのか、それともあまり思い出したくないことなのか。
「人類がこの壁に追い詰められていく経緯について習った。誰もが最初に教わることだ。君もそうだろう?」
「えぇ」
アリアは軽く相槌を打つ。
歴史の授業は面白くて好きだったから、教科書をたくさん読み込んだ。
人類が壁の中に逃げ込んで来るとき、それまでの歴史を記すような物が何一つ残すことができなかったため正確なことはわからないものの、かつて人類は戦争を繰り返していたらしい。
巨人との戦い、人間同士の戦い。
彼らはそんな日々と決別するために壁の中へと踏み入れた。
人類の大半は失われ、住処は僅かにしかなくなったが、この壁の中でようやく理想の世界を手に入れたのだ。
「その話を聞いたときに俺は、あることを疑問に思って父に質問をした」
──壁の外に人類がいないってどうやって調べたんですか?
アリアはエルヴィンを見据える。
驚いたような、訝しげなアリアの視線をエルヴィンは黙って受け止めてた。
「君はどう思う? 幼い俺のこの問いかけを」
「どう、って……」
壁の中に人類はいて、外にはいない。
それがこの世の前提だと習ってきた。今この瞬間、生きている人間全員がそうだ。それを疑ったことなどなかった。
「考えたこともない問いかけです」
エルヴィンの抱いた疑問はその前提をひっくり返すようなものだ。
考えれば考えるほど、アリアの背筋は冷えていった。
口元を片手で覆い隠し、俯く。