第17章 殺したくてたまらないという顔
屋根を走り、巨人の前に身を躍らせる。
アンカーは巨人の両足の間に通し、抜ける。すれ違いざまにブレードを振るえば、右足のアキレス腱を削ぎ落とした。すぐさま半身を捻り、うなじを見上げた。腰から引き上げられ、アリアは巨人の頭部を空から見ていた。
縦1メートル、横10センチ。
訓練で体に叩き込まれた感覚。
そこにブレはない。
息を吐き、ブレードを振り下ろした。
いや、振り下ろそうとした。
切先がうなじを抉る直前、巨人が身を捩って片手を振り回したのだ。
大きな手のひらにぶつかる。痛みに呻きながら、アリアは渾身の力でその手を切り刻んだ。
溢れる血を全身に被りながら、屋根の上に転がった。咳き込みと共に血を吐き出す。顔を上げる。巨人の口がすぐそこにあった。
「くそっ、」
立ちあがろうともがくが、なぜか体から力が抜けて動けなかった。頭の奥が鈍く霞んでいる。
逃げられない。食われる。
「アリアさんっ!!」
そのとき、巨人の背後で血飛沫が舞った。
誰かがうなじを削り取ったのだ。
巨人はその場に倒れ込む。見事に討ち取った兵士がアリアの前に着地した。
「アリアさん、ご無事ですか!?」
手を差し出される。
顔を上げると、刈り上げた赤髪が目に入った。鮮やかな赤。そして鼻の上に散るそばかす。
「トーマン」
掠れた声がこぼれた。
出された手を握ると強い力で引っ張り起こされた。ふらつく足をなんとか踏ん張り、アリアは改めてトーマンを見た。
「ありがとう、トーマン。助かったよ」
「お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。空腹で動けなくなっちゃったのかな」
朝食を食べてからこの時間まで水分しかとっていない。
動けなくなるのも当たり前だろう。
情けなさにため息をつくと、トーマンはジャケットのポケットから包み紙を取り出した。
「よければどうぞ。野戦糧食です。いつも持ち歩いてるんですよ」
見慣れた緑の包み紙。アリアはパッと顔を輝かせてそれを受け取った。