第16章 忌まわしき日
瞬きをする。アリアはゆっくりと手を下ろした。そこにはバツが悪そうな笑みが浮かんでいた。
「ごめんなさい。せっかくの誕生日なのに」
ちいさな声でアリアは言う。
リヴァイは首を横に振った。
「元は俺から聞いたことだ。謝る必要はない」
アリアは膝の上に手を下ろし、両手を開いてそこに視線を落とした。前髪の隙間から長い睫毛が震えているのが見える。
なにかを話そうとして、上手く言葉が出てこないのだろう。
アリアはしばらくなにも言わず、ただ困ったように笑っていた。
「わたしは、自分自身のことがよくわかっていないんです」
やがてこぼれたのは、本当にちいさな声だった。
「今はアルミンのために生きているけど、そこにわたしの意思があるのかも、わからない」
はた、とアリアは言葉を止める。
なにを思い出しているのか、目線が遠くへ動き、それから息と共に「あぁ、」と声を吐き出した。
「エルマーさんが言いたかったのは、このことだったんだ」
「……アリア?」
「いえ、それで、えっと、」
アリアの視線がリヴァイへ向く。
その顔は弱々しく口角を上げた。
「きっとすべてを思い出せたらなにかが変わる気がするんです。地下街に売り飛ばされてから家へ帰るまでの間になにがあったのか、それさえ思い出せれば……本当のわたしが、わかるはずなんです」
リヴァイはなにも言わなかった。
不確かだった予測が確信へ近づいていく気配がした。
アリアの背中の傷、金色の髪に青い瞳、そして、今からちょうど10年前。偶然だ、とは言い切れなかった。
「アリア」
リヴァイは知っている。
彼女の身になにが起こったのか。
リヴァイになら、思い出させることができる。
「はい」
アリアは穏やかな声で返事をする。その声を聞いて、リヴァイは「なんでもない」と言った。
「思い出せればいいな」