第15章 命の優先順位
グリュックの汗を拭い、水を飲ませ、牧草を与える。
アリアも水を飲んでから緩んだ髪を結び直した。すぐ近くには気まずそうに身を縮めるトーマンが立っていた。
「それで、」
息を吐き、トーマンと向き合う。
「わたしが陣形に戻れ、と言った声は聞こえていた?」
トーマンは俯いたまま頷いた。
周りでは他の兵士たちが忙しげに動いていた。誰もアリアたちを気にするような様子はなかった。
そう、とアリアはつぶやく。
「聞こえていたけど戻ってきたんだね?」
「……はい、そうです」
首に手を当てて考える。
なんと声をかけるのが正しいのか。
トーマンの気持ちをアリアは理解できた。むしろ、調査兵団に所属している者なら誰でもわかる感情だろう。
一人で複数の巨人を相手にするなんて自殺行為だ。それに背を向けて去るなど。だが、この場では彼の行動は間違いだった。
「わたしは団長から、これ以上の人的損害を出すなと言われたの。あのときいたのはあなたを合わせて5人だった。5人の命とひとりの命。団長が下したのは前者を優先しろという命令だった」
「でも、そんなの、アリアさんが死ぬならまだ、オレみたいな新兵が食われた方が調査兵団にとっては良いことなはずです!」
拳を握り、トーマンは声を大きくする。
だがアリアは落ち着いた目線を彼に向けたまま首を横に振った。
「あなたがどう思おうと、団長はそうではないと判断した。指揮系統を乱すようなことはしちゃダメなの」
通常であればそうかもしれない。
新兵より古参兵を優先する場面もあるだろう。
しかし、あの場では違った。
今日だけで大勢の兵士が重症を負い、命を落とした。そのときに優先されるべきは質より量なのだ。
「でも……」
「どうして、あのときわたしを助けに来たの? 一度は陣形へ戻ろうとしてくれたのに」
アリアの問いかけに、トーマンは顔を上げた。
口を開き、息を吸う。その顔は彼の髪と同じように赤く染まっていた。