第15章 命の優先順位
「新兵は行って帰ることだけに集中するの。巨人と戦おうだなんて思わなくていい。死にそうになったら、危険を感じたら、全てを放り出して逃げていいの。それを責める人間はここにはいないから」
励ますようにアリアはトーマンの手に自分の手を重ねた。彼の手はとても冷たい手だった。温もりを分け与えたくて、そっと握る。
「きっと、大丈夫」
それは無責任な言葉。ただの気休め。
運よく生き延びただけのアリアが言っても、なんの説得力もない。死ぬときはあまりにもあっけなく死ぬとアリアは知っている。
だが、アリア自身がこの言葉に救われたから。
「……アリアさん」
トーマンの頬に赤みが戻る。目線が逸らされ、彼はアリアの手を握り返そうとする。
「アリア」
抑揚のない声が談話室に響いた。
ハッとトーマンは顔を上げた。
「遅ぇと思って来てみたら。こんなところで何してやがる」
「リヴァイ兵長」
どこか嬉しそうにアリアが言った。
すぐそばまで歩いてきたリヴァイは、冷ややかな目でトーマンを見下ろした。
するりとアリアの手が離れる。温もりが遠ざかってしまう。止める術をトーマンは知らない。アリアが立ち上がっても、リヴァイの目はトーマンを見据え続けていた。
彼はトーマンの心の底を理解していた。アリアへの淡い恋心を、憧れと混ざったこの感情を。そして、同時に「手を出すな」と言っている。
震えが腹の底を走った。リヴァイの目を見ることができなかった。
「彼と少し話を。明日の壁外調査に少し緊張しているみたいで」
「そうか」
しかし、何も気づいていないアリアは気遣うような声色で言った。
優しい瞳でトーマンを見た。
「それじゃあおやすみ、トーマン。しっかり寝るんだよ」
「は、はい、ありがとうございました」
アリアがリヴァイの隣に並ぶ。ようやくリヴァイの視線が外れた。アリアを見つめる彼の目は驚くほど穏やかだった。