第15章 命の優先順位
それは壁外調査前日のことだった。
消灯後の兵舎をアリアは歩いていた。風呂に入り、少し湿った髪をなびかせながら、長い廊下を進む。
ふとアリアの足が止まった。ちょうど談話室の前に来たときだ。
「誰かいらっしゃいますか?」
消灯しているはずなのに、談話室の中からランプの灯りが漏れていたのだ。不思議に思って声をかける。
談話室の暖炉には炎がついていない。ランプはたった一つで、それが余計に暗さを生み出していた。
「……アリアさん」
暖炉のそばの肘掛け椅子から声がした。よくアリアが座り、物思いに耽っていた椅子だ。
「トーマン」
立ち上がったのはトーマンだった。まだ風呂にも入っていないのか、ジャケットを着たままだった。彼の顔は驚くほど青白い。
「どうしたの? 大丈夫?」
今にも倒れてしまいそうなくらいの顔色の悪さに、アリアは慌てて駆け寄った。トーマンは唇を引き結び、ゆっくりと首を横に振った。近くに行くと、その瞳には涙が浮かんでいた。
それを見て、アリアは思わず息を飲んだ。
トーマンが幼く見えた。いや、年相応の表情だ。どれだけ体格が大きくても、兵士を志願し、辛い訓練を乗り越えていたとしても。
彼はまだ15歳の少年なのだ。
「明日の、壁外調査が……怖くて」
5年前、自分もこんな風に見えていたのだろうか。
「初めての壁外調査は誰だって怖いものだよ」
アリアは微笑み、トーマンを再び椅子に座らせた。正面に周り、しゃがんで目線を合わせる。安心させるようにアリアはその肩に手を乗せた。
「気負いしすぎる必要はない」
「はい。わかっています。ナナバ班長にも同じことを言われました。でも、」
大粒の涙がトーマンの目から溢れた。
「上官から、自分の荷物を整理し、遺書を書くように言われました。遺書には母と父への感謝と、幼馴染への別れを記しました。そして、想像してしまったんです」
トーマンは息を吸った。喉が震えて細い音が鳴る。
「自分の、死を」