第14章 目に傷のある馬
トーマンは自分の心臓が激しく鳴っていることに気づいていた。しかし今は無視しなければいけない。憧れの人を前にして醜態を晒すわけにはいかないのだ。
「あの、オレ、訓練兵のときにアリアさんの演説を聞いて、えっと、エルヴィン団長と共に説明会に来てくださったときの」
「あぁ! あのときにいたんだね。うふふ、なんだか恥ずかしいなぁ」
アリアは照れたように頬をかく。
トーマンの思い描くアリアの姿は、教壇に立ち、勇ましく、堂々と声を張るアリアだった。だが実際のこの人は穏やかで、慎ましい女性だ。
トーマンは自分の顔がじわりと熱くなるのを感じた。
それは緊張のせいではない。
かすかにリヴァイが身動きをする。その両目は揺れることなくトーマンを見ていた。
「それで、すごく感動したんです! 本当は憲兵団に入ろうとしてたんですけど、本当に心を動かされて、それで調査兵団に」
「えっ、そうなの!? 憲兵団を蹴って調査兵団に入るなんて……すごいね」
「同期からも散々やめとけって言われました。けど!」
ぎゅっと拳を握り、トーマンは息を吸った。
「オレはいつか、特別作戦班に入ってアリアさんの隣で戦いたいんです! そして、あなたのためにこの命を使いたい。そう、思ったんです」
人類のために命を懸ける彼女の強い意志を間近で見て、トーマンの心は激しく動かされた。己のすべてをこの人に捧げたいと思ってしまうくらいには。
アリアは大きく目を見開き、明らかに困ったように眉を下げた。
「あっ、す、すみません! こんなこと急に言われてもって感じですよね、あはは……」
初対面の人間に「あなたのために命を使いたい」なんて言われて困らない人間がいるはずがない。
トーマンは慌てて謝罪した。思い上がった自分の言葉が恥ずかしくて、今にも地面に埋まってしまいたかった。