第14章 目に傷のある馬
どこまでも続いていそうな広さの湖だった。ほとりに点々と民家が建っていて、時折薪を割る乾いた音が響いていた。
しかしそれ以外の音は聞こえない。静かな場所だった。
「こんなところがあったなんて」
呟く。
風が吹き、アリアのまとめた髪を揺らした。
「眺めがいいだろう」
「はい、とても」
アリアの返事にリヴァイは満足そうに頷いた。
「静かで、穏やかで、毒気が抜かれるというか……」
鬱屈とした考えを振り払ってくれそうな心地よさがそこにはあった。
夏にここで水浴びをするのも気持ちがいいかもしれない。秋はきっと紅葉が美しいのだろう。冬になれば凍った湖の上で釣りをして。
「いいなぁ」
その言葉はアリアの口から勝手に転がり落ちてきたものだった。
「そんなに気に入ってくれたのか」
「気に入って、はい、それはもちろん」
アリアは少し乱れた髪を手櫛で直す。
口角を上げ、目を細めた。
今、アリアの中に浮かんだ感情はこの湖が気に入ったから、というだけのものではなかった。しかしそれを素直に言葉にしていいものか悩む。
リヴァイをちらりと見ると、彼はじっとアリアの言葉の続きを待っていた。
思わず目を逸らし、湖を、木々を、民家を眺めた。
「もし、わたしに将来があったら」
五体満足で巨人を駆逐し、海を見て、壁の外へ自由に行けるようになったら。立体機動装置を置いても良い日がきたら。
「こんなところで暮らしてみたいなぁって、思って」
何に急かされるわけでもなく、ただのんびりと、穏やかな日々を過ごしてみたい。普通の人として。
「なんちゃって」
調査兵団にいながらそんなことを望むなんて、わがままだと思われてしまうかもしれない。
アリアは誤魔化すように笑って目線を足下に落とした。
沈黙が気まずくて、靴の先で土をほじくり返す。畑をするのもいいかもしれない。思わず苦笑する。
今日は、たくさんの「かもしれない」が出てくる日だなぁ。