第14章 目に傷のある馬
「大柄な馬ですね」
「名前も見た目から取った」
クレフティヒ。屈強なという意味だ。
あまりにもそのままで、アリアは思わず笑った。
「この目の傷も最初から?」
クレフティヒの右目にはまぶたを切り裂くような傷がついている。ずいぶん古びた傷跡だった。
アリアの問いかけにミケは首を横に振る。
「俺が乗るようになって、初めての壁外調査でついたんだ。失明しなくて本当によかったよ」
艶やかなグレーの毛並みはよく輝いていて、心底大事にされているのだとわかる。大柄な体格だが、その恐ろしさとは裏腹に両目の中にはおだやかな光があった。
「引き止めてすまない。予定があるんだろ?」
ふと思い出したようにミケが言う。アリアも「あっ!」と叫んでグリュックに飛び乗った。
「では、ミケ分隊長。また!」
「あぁ、またな」
グリュックの腹を蹴って歩き出す。
少し小走りになって兵舎の門まで行くと、やはりそこにはリヴァイが待っていた。グリュックと同じ黒い毛並みの美しい馬。それにまたがる彼は思わず見惚れてしまうほどだった。
「アリア」
リヴァイが気づいてアリアの名を呼ぶ。
ゆるめてしまっていたグリュックの足を動かし、アリアはリヴァイの隣に並んだ。
「お待たせしてしまってすみません」
「いや、待ってない」
「ふふっ、ありがとうございます」
リヴァイはどこか居心地悪そうに顔をしかめると、アリアに背を向けて馬を進めた。
「リヴァイさんについて行けばいいんですよね?」
「あぁ」
街中はゆっくりと。しかし街を抜け、林道に出ると駆け足になった。
春の心地よい風が頬を撫でる。
息を吸い込むとどこからか花の香りもした。
暑すぎず、寒すぎず。よく晴れた、良い日だ。
目の前を揺れる黒髪を眺めながら、アリアはとてもおだやかな気分になっていた。