第14章 目に傷のある馬
グリュックに頭絡をつけ、馬銜(はみ)を噛ませる。手綱を引いてあぶみに足をかけた。
斜めがけにしたバッグの中には朝に作った弁当が入っていた。崩さないように持って行かないと。
片足に力を入れ、グリュックに飛び乗ろうとしたとき、くんっとシャツを引っ張られた。
「うわっ、」
バランスを崩して慌てて体勢を立て直す。見ると、横の柵から1頭の馬が顔を出していた。この子がアリアのシャツを噛んだらしい。暇なのか、遊び相手を求めるように何度も引っ張ってくる。
片目の上に傷のある馬だった。
端正な顔立ちにその傷は痛々しい。しかし屈強な体格をしていた。乗り手が重いのだろう。
「どうしたの? ごめんね、 離してもらってもいいかな」
もうリヴァイが兵舎の外で待っているはずだった。
急がないと。
なるべく穏やかに声をかけるが馬は離さない。グリュックが威嚇するように鼻を鳴らした。
「こら、グリュック。そんなことしないの」
きっとなにか伝えたいことがあるのだ。それがなにかわからないのが歯がゆい。
しかしこのままのんびり相手をしている暇はなかった。申し訳ないが、無理にでも離してもらうしか……
「こらっ!!!」
そのとき、辺り一帯に怒号が響き渡った。
ぴゃっとグリュックと揃って飛び上がる。
「クレフティヒ、離すんだ」
「ミケ分隊長」
こちらに向かって歩いてきていたのはミケだった。
ちょうど馬上訓練を行うのか、装具を持っている。その険しい顔はアリアのシャツを噛む馬に向いていた。
「すまないな、アリア」
ミケの言葉を聞いても馬――クレフティヒはなかなか離さなかった。
「いえ、分隊長の馬だったんですね」
「あぁ。こいつも鼻が良いらしくてな、食い物の匂いに弱いんだ」
ミケはクレフティヒの口を掴むと強引に開けた。緩んだ口元からようやくシャツが解放される。
「このお弁当の匂いにつられちゃったんですね」
クレフティヒはまだすんすんと鼻を鳴らしている。アリアの体を熱心に嗅いでいた。