第12章 キャラメルの包み紙をポケットに入れる
「ちっちゃいころ、わたし、そう、わたしの両親、殺されたんです」
ふわふわと幸せそうに微笑んでいたアリアの表情が曇る。今にも閉じそうなまぶたの下に隠された瞳が暗く澱んだ。
「……わたしが、気球に乗ってみたいって、言ったから」
アリアは目を見開いた。
顔を上げ、酔いを感じさせない青白い顔で部屋の中を見渡した。
誰かに見られていることを警戒するように。
彼女の視線は自分の手元に落とされた。エルヴィンが目の前にいることさえ忘れているようだった。
「二人は気球を作っていて、これで壁の外へ冒険に出るんだって言ってた。でもそれは、あくまでも夢のようなもので、きっといつかを繰り返し続けるはずだったのに」
あの日。
そう、あの日をアリアはよく覚えていた。
「夕方だった。倉庫の中で作業をしていた父さんが、わたしと母さんを呼んだ。大きな布が取り払われて、わたしは生まれて初めて気球を見た。あれが空を飛ぶなんて、信じられなかった」
父が興奮気味にこの気球の使い方を話してくれた。
母はそんな父を見て「ほどほどにしてね」と言った。
研究熱心な父と、それに呆れる母。
いつもの光景だった。
「でも、わたしは、父さんからその話を聞いて、思ったの。外に出たいって」
アリアは両手を握りしめた。見開いた目はその手に過去の自分を映していた。
エルヴィンは一言も挟まずに聞いていた。アリアは自分の家族の話をしたがらない。ここまで話すのは珍しいことだった。
そしてそれ以上に、エルヴィンは彼女に何か、近しいものを感じずにはいられなかった。
「それは飢えのようなものだった」
幼いアリアは気球に乗って空を飛ぶ自分を想像した。
それは美しく、とても楽しいものだった。
高い壁の外へ、両親と共に行く。そこに待ち受けるのはきっとこの身に有り余るほどの自由だ。
アリアは渇望した。
「わたしは」
あの日、あの瞬間、
「自由を望んだ」