第12章 キャラメルの包み紙をポケットに入れる
鏡の前にアリアは立っていた。
冬に切ってから伸びた髪はうなじをすっぽりと隠している。べっ甲のバレッタでひとつにまとめあげ、おかしなところがないか確認する。
髪型、表情、シャツの皺。
「うん、大丈夫」
一度深呼吸をしてから部屋のドアを開けた。廊下にはエルヴィンが待っていて、アリアの姿を見ると微笑みながら頷いた。
「緊張してるかい?」
「とても」
ぎこちない笑みを返して答える。
廊下の突き当たりには大講義室へ続く扉があり、今は駐屯兵団の団長が話をしていた。それが終われば最後に調査兵団だ。
ずいぶん長い説明会だから訓練兵たちの集中力は切れているかもしれない。
希望する人数が多いであろう憲兵団が最初で、頭のおかしい人間しか入らない調査兵団が最後。誰も何も言わないが、線引きのようなものを感じずにはいられない。
「君はただ自分の活動を話せばいいだけだ。何かあっても私がフォローしよう」
アリアを安心させるようにエルヴィンは軽く背中を叩いた。なんとか頷き返す。
「心強いです。ほんとに。すっごく」
エルヴィンさえいればなんとかなるだろう。
自分は一人ではないのだから。
何度も言い聞かせ、アリアは腹を決めた。ここまで来たら逃げられない。
「……あの、団長」
あと少しで駐屯兵団の話が終わる。大講義室の前で並んで立ちながら、アリアは小さな声でエルヴィンに呼びかけた。
なんだ? と目だけで彼は答える。
「どうすれば団長のように綺麗に微笑めるんですか?」
それは緊張を紛らわすためのただの世間話であり、それと同時にアリアが純粋に気になっていたことだった。
唐突な質問にエルヴィンは目を瞬かせる。
「今回の説明会についてわたしに話すときも、こういった公の場で発言するときも、エルヴィン団長はすごく完璧な微笑みを浮かべてるので。腹の底が全く読めなくなってしまうくらい」