第11章 生まれてきてくれてありがとう
カツ、コツ、と靴の踵が床を打つ。
息を吐けば空気は白く染まる。
アリアは前を歩くリヴァイの背中を無言で見つめていた。
エルヴィンと別れ、歩き出したふたりは言葉を発さなかった。リヴァイが不機嫌なわけではない。アリアもなにかに怒っているわけではない。ただ、なんとなく、話さないということを選択した。
心地よい沈黙だった。
冬特有の、灰色がかった空を窓から見上げ、アリアは無意識のうちに髪の毛に触れていた。
指の隙間をさらさらと通り、一瞬のうちにはらりと落ちる。まだ慣れない感覚だった。今まで長い髪を触っていたから。
(……褒められちゃったな)
髪の毛を切り、見慣れない自分の姿を鏡で見たとき、まず浮かんだのはリヴァイの顔だった。
どんな反応をしてくれるだろう。どんな言葉をかけてくれるだろう。似合っていると言ってくれたら嬉しいな。そんな考えがたくさんよぎり、早く会いたいと思った。
兵舎まで駆け足で帰ってきたのは秘密だ。
アリアを見て、驚いたように目を見開いてかたまるリヴァイを思い出し、口角が上がった。それから絞り出したように言われた「似合ってる」という言葉。予想通りの反応だった。ぶっきらぼうで、でもきっと心から言ってくれた言葉。
「どうした?」
笑い声がこぼれていたのかもしれない。
不思議そうな表情でリヴァイが振り返った。
「なんでもありません」
とったったっ、と足音を弾ませてリヴァイの隣に並ぶ。手を後ろで組んでリヴァイの顔をのぞきこみ、笑顔を見せた。
「リヴァイさんのこと、好きだなぁって改めて思ってただけです」
突然のアリアの言葉にリヴァイは「は、」とつぶやき、ぴたりと足を止めてしまった。
「どうされました?」
確信犯の彼女はニヤッと笑う。短い髪を揺らし、首をかしげる。
「俺を振り回すな」
喉の奥から発せられた一言に、たまらずアリアは声を出して笑った。