第11章 生まれてきてくれてありがとう
ずいぶんと髪の毛が伸びてきたな、と鏡の前に座ったアリアはふと思った。シャワーを浴びたあとだった。
櫛で丁寧に梳かすと、胸の下までゆうに届いてしまうほどの長さだと改めてわかる。立体機動する時に邪魔になるかもしれないがアリア自身がこの髪の長さを気に入っていた。
べっ甲のバレッタがよく映えるし、何よりこの季節は髪が首周りにあることでとてもあたたかい。保温効果である。マフラーいらずというやつだ。
(……それに)
アリアは笑みをそっとこぼした。
この髪をリヴァイに褒められたのはつい数日前のことだった。
「どうかされましたか?」
髪の毛を優しく引っ張られる感覚に、アリアは読んでいた本から顔を上げた。そこはリヴァイの自室だった。ソファーに並んで座り、アリアは読書を、リヴァイは今後の特別作戦班のことについて、それぞれが別のことに没頭していた。
「いや」
のだが、どうもリヴァイは違うらしい。
熱心に目を通していたはずの兵士のリストをテーブルの上に放り投げ、なんともいえない顔でアリアの髪に触れていた。ひと束つまみ、くるくると指先に巻きつけている。
「痛いか?」
「いえ、痛くはありませんが……読書には集中できないなと思って」
「そうか」
痛くないのならそれでいいらしい。リヴァイはどこか満足そうに頷いた。本当になんなのだろう? アリアにはリヴァイが何をしたいのかさっぱりわからなかった。
「何か髪の毛についてますか?」
だがどことなく気恥ずかしくて誤魔化すように問いかける。
「何も」
「……リヴァイさん」
「なんだ」
「なんだ、じゃなくて」
わかってるでしょ、と下からジトッと見上げると、リヴァイは喉の奥で小さく笑った。
恋人となってから彼の笑い声をよく聞くようになった。今まではあっても微笑み程度だったからそれがなんだか嬉しい。
「綺麗な髪だと思っただけだ」
こともなさげにリヴァイは言った。