第10章 愛してる
団長となり、仲間たちに死ぬことを命じる。
彼はそれが嫌だ、と。そう言った。
穏やかな午後のことだった。執務室には紅茶の良い香りが漂っていて、アリアはやっぱりその時も何も言わずに話を聞いていた。
「私はあの時選択を──」
「エルヴィン団長」
間違えていたのだろうか。
アリアはその言葉を遮った。それを彼に言わせてはいけないと思った。
エルヴィンは弱々しく笑い、ゆっくりと目線を上げた。その瞳には深い疲れが宿っていた。
「あなたは間違っていません」
アリアの声には強い意志があった。言い切ると、エルヴィンは動揺したように表情を崩した。
「あの時の選択は間違っていなかった。増援が巨人に食われる可能性だって十分ありました。だから、正しかった。あれが正しかったんです」
「アリア、」
何か言おうとするエルヴィンにアリアは首を横に振る。何も言わないで。わたしの言葉を聞いて。あなたに言わなきゃいけないことがあるんです。
「私はあなたのことを恨んでもいないし、憎んでもいません。刃を抜いた時は確かに怒りに支配されていました。でも今はそうじゃない。エルヴィン団長、あなたは何一つ間違った選択はしていません」
エルヴィンはきつく目を閉じた。歯を食いしばり、何かに耐えるように俯く。だがアリアはなおも言葉を続けた。
「わたしはあなたに悪魔を演じることを望みました。だから、あなただけが後悔を被る必要はないんです。わたしもあなたと同じなんです」
悪魔になることを選んだ男と、男が悪魔になることを望んだ女。二人は共犯だった。
「エルヴィン団長。わたしの心臓はあなたのものです。人類ではなく、あなただけに捧げました。だからわたしはあなたが下した決断なら、なんだってできるんです」