第10章 愛してる
「君が医務室からいなくなったとハンジに聞いた時、血の気が引いた」
エルヴィンの目線は床の木目をなぞっていた。わざとアリアの方を見ないようにしている。声にも覇気はなく、そんなエルヴィンの姿を見るのは初めてだった。
「君まで失うのかと、本当に恐ろしかった」
アリアが見つかったと報告されるまで生きた心地がしなかった。何も手につかなくなり、脳みその隅が白く濁っていた。そんなこと、調査兵団に入ってから一度もなかった。だが確かにエルヴィンは恐怖したのだ。アリアを失うことを。
エルヴィンは己の心を吐露していた。それは調査兵団団長ではなく、ただのエルヴィン・スミスという男の心だった。
アリアは相槌すら打たずその言葉を聞いていた。微笑むことも、眉をひそめることもしなかった。
「私は今まで、自分がした選択について後悔したことはなかった。たとえそれが、他の人にとっては信じられないような非道な選択だったとしても。私はその選択がもたらした結果を正しいと信じていたからだ。そうしなければ、ここで生き残ることはできなかった」
同じ話をアリアは以前、エルヴィンから聞いていた。
アリアが初陣を迎え、ゆるやかに死へ向かっていっていたとき。暖炉の炎が燃える談話室。あの時決めたこと。
アリアはそれを昨日のことのように覚えている。
「だが今日、君がいなくなったと聞かされた瞬間、私は、あの時下した決断を後悔した」
エルヴィンは両手で自分の顔を覆ってしまった。彼の声は震えていなかった。しかしなぜかアリアは、エルヴィンが泣いていると思った。
地の深くまで根を張り、決して揺るがない大木のような彼が。常に前だけを見据え、迷いなど微塵も見せない彼が。
アリアは目を細めた。
アリアは彼の弱さを見たことがあった。
「増援を送っていれば、ナスヴェッターたちは助かっただろうか。彼らが生きていれば君がいなくなることはなかったんじゃないか。そんな後悔がずっと頭の中を回っていた」