第10章 愛してる
アリアはすんっと鼻を鳴らして瞬きした。
「ありがとう、グンタ」
もう大丈夫。その意味も込めて言うと、彼は小さく頷いて手を引いた。
少しの沈黙が漂う。それを埋めるようにアリアは口を開こうとした。
「エルヴィン団長?」
しかし、カーテン越しに見える大きな人影を見た瞬間、アリアの唇は彼の名前を読んでいた。人影は驚いたように肩を揺らして、静かにカーテンを開けた。
「団長」
グンタが声を出す。
「取り込み中のようなら私はまた後で来るよ」
エルヴィンは読めない表情でそこに立っていた。
1週間前に見た時よりやつれているように見えるのは気のせいではないはずだ。いつものように身なりは整えられているが、目の下のクマや青白い顔色は隠せていない。
アリアはグンタに目配せした。彼はそれを理解し、椅子から立ち上がる。
「俺、もう行きます。アリアさんの顔も見られましたし、まだ同じ班の奴らの遺品整理があるので」
「来てくれてありがとうね、グンタ」
「いえ。アリアさんも無理はせずに」
グンタはエルヴィンに軽く頭を下げ、アリアたちの前から去っていった。残されたエルヴィンはしばらく所在なさげにその背中を見送っていたが、やがてアリアを見た。
「座っても、いいかい」
「はい。どうぞ」
彼はわざと時間をかけるようにゆっくりと椅子に座った。重みで椅子が微かな音を立てる。開いた窓から風が吹き込み、清潔な白いカーテンを揺らした。外からは兵士たちの掛け声が響き、アリアが身動きすると布団が擦れて小さな音を出した。
エルヴィンは何も言わなかった。
アリアもまた、喋らない。
エルヴィンは膝の上で組んだ自分の手をじっと見つめていた。関節のひとつひとつを丁寧に観察し、できたシワの数を数える。爪の伸び具合を確認する。それは常に丸く手入れされていて、だらしなく伸びているところをアリアは見たことがない。
「アリア」
不意にエルヴィンは言った。