第10章 愛してる
ハンジは目を閉じる。あの時を思い出している。
「生き返らせたい人はたくさんいる。君にも私にも。調査兵団に入った以上、そういう人は増えていくばかりだ。でもさ、もし、尊敬する上官を殺せば死んでいった仲間を生き返らせることができるって言われても、私にはできない」
君はどうかは知らないけどね、と付け加えられる。
リヴァイは黙ったまま何も言わなかった。
どうだろう。エルヴィンを殺せばイザベルとファーランが生き返ると言われたら。地下街から出てきたばかりのリヴァイなら迷わずエルヴィンを殺しただろう。だが今は、できない。人類を救えるのはエルヴィンしかいない。数年共にいて、それがよくわかった。人類と二人の仲間の命なら、今のリヴァイは人類を選ぶ。
「けどアリアはそれを実行しようとした。躊躇いもなく刃を抜いた。アリアにとってエルヴィンはそれなりに大きな存在なはずなのに」
全ての感情に蓋をして、アリアは殺意だけをエルヴィンに向けていた。そこに躊躇や葛藤はなかった。
「アリアは」
それと似た姿をリヴァイは一度見たことがあった。
もう、ずっと昔だ。割れたレンガ。死体に突き刺さったガラス片。血溜まりの中に佇む少女。少女は握ったナイフを真っ直ぐリヴァイに突きつけた。
──地上までの行き方を案内して。
冷え切った声だった。少女の相貌はすっかり忘れてしまった。だが、あの時向けられた瞳がアリアとそっくりだった。あれは、まさか。
「アリアが、何?」
「……いいや、なんでもない」
ふ、と言葉を途切らせたリヴァイはゆっくりと首を横に振った。
確証が持てないうちは言うべきではない。
「ご飯はもう食べ終わったね?」
不意にハンジが言った。
「あ? あぁ」
「じゃ、アリアのお見舞いに行こう。思えば、彼女が目覚めてから私はアリアとまともに会話してないんだよ」