第10章 愛してる
沈黙が続いた。
アリアは母の言葉を思い出し、リヴァイは10歳のアリアを見ていた。
「ふたりは、死にました。殺されたんです。わたしはなぜか生きていて、家に帰ることができました」
アリアの声は不自然に揺れていた。
曖昧な記憶を辿るような、そんな声だ。
彼女の記憶はいくらか欠如しているのかもしれない。それがあまりにも辛い記憶だから。
「それから数年が経ち、アルミンは外の世界に憧れを持つようになり、そして言ったんです」
祖父の本棚から見つけてきた古い本をアルミンは姉に見せる。
ひみつだよ、と言いながら姉にだけそのページを見せる。
「“ぼくね、いつか海を見に行くんだ”」
眩しいくらいに目を輝かせてアルミンは言った。夢を口に出した。
アリアの耳の奥で母の言葉が響いた。
あなたがアルミンを守るのよ
「あれは、呪いでした」
疲れたように、アリアは息を吐き出した。
「わたしは母の言いつけ通り、アルミンのために生きている。そして、そんなアルミンが海を見たいと望んだから、わたしはあの子に海を見せなきゃいけないんです」
でもそれは、いつしかアリアの中で振り払えない重荷となってしまった。決してそれを忘れることはできない。アリアの目指す正しい未来は、アルミンが海を見ることだ。そのために、どれだけ辛くても仲間を見殺しにするのだ。苦しくても辛くても、死ぬことは許されない。どれだけ死にたいと望んでも、それが叶うことはない。
アリアはリヴァイに体重を預けた。まぶたの裏の暗闇を見つめていた。
「でも、たぶん」
アリアの吐く熱い息がリヴァイの肩にかかる。
「わたしは自分のためには生きられない」