第10章 愛してる
リヴァイからアリアの表情は見えなかった。
水に濡れた彼女の長い髪を見ながら、語り出した話を静かに聞いていた。相槌さえ打たなかった。黙っていなければいけないと思ったからだ。
「そのときわたしは10歳で、弟は4歳でした。弟はまだ幼いから祖父に預け、両親はわたしを連れて気球に乗ろうとしました」
リヴァイは目を閉じて想像した。
10歳のアリア。気球を飛ばすのはおそらく人目につかない夜だろう。50メートルの壁がすぐそこにあった。
アリアは両親の伸ばした手を掴む。気球に乗ろうとする。
「でも、見つかってしまったんです。誰かは忘れてしまったけれど、誰かに。気球は撃ち落とされました」
響く銃声。男たちの怒号。アリアの横で母親が悲鳴をあげる。
リヴァイにはそれが生々しく想像できる。
「まず、父親が引きずり出されました。交渉しようとしていたのでしょう。父は何事かを言いましたが、呆気なく頭を殴られ気絶しました」
ぐにゃりと、糸が切れた人形のように父親が地面に倒れる。アリアと母親はそれを気球の陰から見ている。息を潜めている。
頼れる父親が動かなくなり、ふたりはどんな気持ちだっただろうか。きっと恐怖が体を支配したはずだ。
「次は母の番でした。彼女はこれから自分たちがどうなるかをきちんと理解していました。だから、わたしに隠れるように言いました。母は髪を掴まれて、外へ放り出されました」
まだ10歳のアリアは母親の言葉に頷くことしかできない。兵士でもなんでもないただの少女にできることは何もない。
アリアはぶるぶると全身を震わせながら身を縮める。両親がどうなっているか、見ることはできない。
「その直前、母は言ったんです」
母親はアリアの胸に指を突き立てる。
汗を流し、娘を振り返る。
「あなたがアルミンを守るのよ」
──それが、わたしが聞いた母の最期の言葉でした。