第10章 愛してる
全身が針で刺されたように痛んだ。冷たい。水があまりにも冷たい。
目を細める。やはり、アリアはいた。
薄く開いた口から泡ぶくがこぼれる。アリアは目を閉じて、どこまでも穏やかな表情で底に沈もうとしていた。金色の長い髪が彼女の顔にまとわりつく。患者衣の裾がひらひらとなびく。死に向かっている人間とは思えないほど、その姿は美しかった。神秘的な光景だ。同じ死でも、自ら命を終えるのと、巨人に食われるのとでは天と地ほどの差があるのだ。
リヴァイは手を伸ばした。
こんなところでアリアを殺すわけにはいかない。エルマーやナスヴェッターのように見殺しにするわけにはいかない。
必死に伸ばした手が、アリアの手を掴んだ。
力の限り引き寄せて腰を抱く。上を見て、リヴァイはそのまま大きく水をかいた。
顔が水面から飛び出す。新鮮な空気を思い切り吸い込み、咳き込んだ。アリアを抱えたまま岸を目指す。気を失った人間の体は重い。その上、水を吸った服を着ているから尚更だ。
顔を拭い、アリアを地面に横たわらせる。グリュックが近づいた。
荒い息のまま、リヴァイはアリアに蘇生術を施した。まだ死んではいないはずだ。呼吸はしていない。肌も恐ろしく冷えている。それでも、まだ死んでいるはずがない。
そのとき、アリアが激しく咳き込み、水を吐き出した。地面に四つん這いになって苦しそうに身を震わせる。リヴァイは静かにアリアの背中をさすった。
「……どう、して」
口元を押さえながらアリアは振り返った。
その目は怒りを宿してリヴァイを睨みつけていた。
「どうして、あのままにしてくれなかったんですか」
一週間ぶりに聞くアリアの声はあまりにも弱々しかった。
「あのまま死ぬつもりだったのに」
リヴァイは何も言わず、アリアを見つめていた。
何を言えばいいのかわからなかった。どうしてあのままにしておかなかったのか。どうして?
「お前に、死んでほしくなかったからだ」
だから、そう答えた。
それ以外に答えなど存在しなかった。