第10章 愛してる
夜の闇の中を走る。
グリュックは道のりを把握しているのか、立ち止まることなく走り続けた。それなりの距離だ。おそらくアリアはグリュックに乗ってどこかまで行き、何か──助けが必要な状況にある。そんな相棒を救うため、グリュックは兵舎まで戻ってリヴァイを呼んだのだろう。
リヴァイの脳裏に最悪の状況が浮かんでは消える。
傷口から血を流し、倒れるアリア。
縄で首を吊るアリア。
ナイフで己の心臓を刺し貫くアリア。
どの想像も、アリアは死んでいた。
アリアが血反吐を吐きながら補給地点に戻ってきたときも、リヴァイは心臓が凍るような恐怖を覚えた。
その声は今にも消えそうなくらい細く、両腕がおかしな方向に曲がっていた。腹からは血が溢れていて、顔色は雪よりも蒼白だった。今この場で死んでも何も不思議ではないほどに。
「アリア」
頼む、無事でいてくれ。
グリュックはいつの間にか森の中を走っていた。
伸び散らかした木の枝がリヴァイの頬を切っていく。やがてぽっかりとひらけた場所に出た。そこには大きな湖があった。
リヴァイは一瞬呼吸を忘れた。その場所があまりにも美しかったからだ。
透き通った湖の水面に丸い月が逆さまに映っている。星は瞬きを散らし、そこだけがまるで別世界のようだった。
そして、グリュックの目指していた目的地はここらしい。彼は立ち止まり、再び膝をついた。
「アリア?」
リヴァイは周りを見渡す。アリアの姿はどこにもない。耳をすませても人の気配はどこにもない。
湖に視線を戻す。近づく。逆さの月が揺れている。
揺れている?
風は吹いていない。木々のざわめきはない。森の中のすべては寝静まり、朝を待っていた。それなのになぜ水面が揺れているんだ?
じっと見ていると、不意に泡ぶくが浮かんだ。ぱちんと弾ける。
リヴァイは上着を脱ぎ捨て、湖に飛び込んだ。