第10章 愛してる
布団をめくる。しかしどこにもいない。シーツに触れて、まだほのかな温もりが感じられた。ならばアリアはそう遠くへは行っていないはずだ。それにあの怪我でどこかへ行けるとは到底思えなかった。
だが、どこへ?
ろくに動かない体を引きずって、いったいどこへ行ったのだ?
リヴァイが医務室を出ようとしたとき、兵舎の外から馬のいななきが聞こえた。グリュックだ。ほとんど直感的にそう思った。
自室に戻り、上着を羽織る。最低限の防寒をしてから外へ踏み出した。
もう11月の初めだ。吹く風はどこまでも冷たく、息を吸えば肺が凍りそうになる。こんな寒さの中、アリアが外へ飛び出したのだと考えると腹の底が冷たくなった。
「グリュック」
兵舎を出て、真っ先に目に飛び込んできたのはたったひとりで佇むグリュックの姿だった。月明かりに照らされ、その黒い毛並みは美しく輝いている。鞍も、手綱も、鎧(あぶみ)もつけていない。どこかから走ってきたのか、彼の口からは白い息が絶え間なく吐き出されていた。
グリュックはリヴァイを見つけると、小走りで寄ってくる。
そして「乗れ」とでも言うように前足を折り曲げ、地面に伏せた。彼の目はじっとリヴァイを見つめていた。
迷う暇などどこにもなかった。きっとグリュックがアリアの元まで案内してくれるはずだ。そう信じて、リヴァイは彼にまたがった。
なんの装備もつけていない馬に乗るのは初めてだった。
掴む場所がグリュックのたてがみしかない。仕方なく、リヴァイはカンテラを置いていくことにした。月明かりのおかげでそれほど暗くはない。
両手でしっかりとたてがみを握り、グリュックの腹を両足で挟み込む。少しでも不安定さを軽減させるために上体を低くした。
グリュックはぶるりと鼻を鳴らし、軽やかな足取りで走り出した。