第3章 正しいと思う方を
「彼は今まで何人もの兵士を乗せてきた」
馬はエルヴィンの手を警戒するように鼻を鳴らした。
「その兵士たちはいずれも巨人の餌食となって死んでしまった。前回の壁外調査で彼は5人目の兵士を亡くした」
アリアは思わず息を飲んだ。
諦めとわずかな疲れを滲ませたその目には、たしかに悲しみの色が浮き沈みしている。
「そのせいで彼は人間不信になってしまったんだ。親しくなってもすぐに相棒たちがいなくなってしまうことを……彼もわかっているんだろう。試しに彼に乗ろうとした者は皆、懐かないと言っていた」
アリアは改めてその馬を見た。
瞬きを何度か繰り返した“彼”は再び目を閉じ、アリアとエルヴィンに背を向けた。
「それでも……君は彼を選ぶかい?」
エルヴィンの問いかけに、アリアは頷いた。“彼”とは目が合った瞬間に気が合うと感じたからだ。
アリアはエルヴィンの隣に立つと、舌を鳴らして“彼”を呼んだ。
「おいで」
そっとやさしく呼びかけると、“彼”は渋々といった様子でこちらを向き、近づいてくる。手を伸ばし、あたたかな“彼”の首筋を撫でた。
「はじめまして。わたしはアリア。今日からわたしはあなたの相棒だよ。よろしくね――」
口を閉じ、アリアは少しの間黙った。
やがてふっと目を細めると息を吸った。
「よろしくね、グリュック」
グリュック。そう呼ばれた“彼”はぶるるっと首を振り、アリアを見たまま後ろへ下がった。
まるで「馴れ合うつもりはない」と言われているようだ。
「グリュック《幸運》か。いい名前だな」
「ありがとうございます」
これから先、グリュックにたくさんの幸せが降り注ぐように。
アリアは微笑み、グリュックにもう一度触れた。