第10章 愛してる
あの時? それがいつなのかアリアにはわからない。
──“レンガ”を振り上げろ
──“ガラス片”を握れ
──“あの時”と同じように
アリアは荒い呼吸を繰り返していた。わけもわからず繰り返していた。
吸って吐いて吸って吐いて、吐いて吸って吸って吐いて、どうしてわたしは息をしているんだろう。喉の奥から獣のような唸り声が溢れた。“あの時と同じように”。母さん、父さん、どうして、わたしをひとりにしないで。あなたがアルミンを守るのよ。ぼくね、いつか海を見に行くんだ! あなたが、ぼくね、海を、アルミンを、わたしがアルミンを守らなきゃ。わたしがアルミンに海を見せてあげるんだ。それがわたしの使命だから──
ジメジメと、湿っぽいところだった。
息を吸うと、鼻がもげてしまいそうな臭いがした。
そんなところにアリアは投げ捨てられていた。
「いくらガキとはいえ、バラバラにすんのは大変なんだよ。」
「だが、まぁ、したかねぇよな。」
「これが俺の仕事なんだから。」
もう、二度と思い出したくない記憶だ。
そうしてそれから。それから、どうなったんだっけ。
──あぁ、どうなったんだろうな
「アリア」
エルヴィンは言った。
「それが、君の選ぶ正しい未来なのか?」
アリアは目を見開き、今にもエルヴィンに襲い掛かろうとしている右腕をもう片方の手で掴んだ。食いしばった歯茎から血が滲んだ。
エルヴィンのその一言は、アリアを見ていた。
本当にそれでいいのか? とその言葉は囁く。
ここで彼を殺し、そしてわたしは海を見に行けるのか?
アリアはブレードの柄から手を離した。何かに屈服するように、地面に額をつける。雨を吸った重い泥がアリアの呻きを受け止める。アリアは身を震わせて泣いていた。それは正しい未来ではないから。
「ここでのことは見なかったことにしよう」
「……感謝、します」
怒りを、悔しさを、悲しみを閉じ込めた心臓は、今にも破裂しそうなほど痛かった。