第10章 愛してる
自分の息遣いのみが響いていた。
まつ毛が震えて雨粒を揺らす。折れた肋骨は呼吸をするたびにズキズキと痛む。リヴァイにすがっていた手が地面に落ちた。
「ナスヴェッターさんとエルマーさんが、まだ新兵のフローラが、戦っているんです」
雨は降り続いている。
エルヴィンはその雨に打たれながらアリアを見下ろしていた。なんの感情も乗せない美しいブルーの瞳で。
「雨の中、たった3人で、7体の巨人と」
夜はまだ訪れない。
「彼らは、巨人に食われてもいいと、そう言うんですか? いまも必死にたたかっている3人を、みすてると」
地面に膝をつき、ほとんど這いつくばるようにしてアリアは言った。
気遣うようにリヴァイの手がアリアの肩に乗せられる。
目を開けているのも、声を出しているのも苦しかった。止血をしたとはいえ、腹からはとめどなく血が流れていた。あたたかい血だ。彼らがこの瞬間も流しているであろう血だ。
「そうだ」
アリアはブレードの柄に手を置いた。
「アリア」
リヴァイが鋭く言う。
「私を殺すのか?」
エルヴィンが落ち着き払った声で言う。
「どうして、」
アリアが囁く。
──己(おの)が自由を阻む者は殺さなければならない
誰かの声が聞こえた。
それはアリアにしか聞こえなかった。だがどこまでも明瞭にアリアの中で響いた。いったい誰の声なのだろう。
アリアは涙を流す。ブレードを握った手はカタカタと震えていた。
エルヴィン団長を殺して、それからどうする? 殺したところで大怪我を負ったわたしに何ができる? いいや、そもそもわたしに人は殺せない。そんなこと、できるはずがない。
──お前にはできる
声は言う。恐ろしく冷えた手をアリアの手に重ねる。それに導かれるように刀身がぬるりと姿を現した。
──お前は、人を殺すことができる
──あの時のように