第10章 愛してる
「あと少しで夜なのに……運が悪いね」
走りながらナスヴェッターが言う。アリアはそれに頷いた。
日が沈むまであと1時間程度だろうか。
夜になれば巨人は動かなくなる。それなのにこんなギリギリで大群との遭遇なんて。
「南も心配ですが、北も不安です。作戦続行不能の信煙弾が上がるところ、初めて見ました」
「僕もだよ。考えたくないけど、奇行種が大勢来たのかもしれない。まぁ、向こうにはリヴァイ兵長もいるんだ。きっとなんとかなるよ」
「そう、ですよね」
「今は自分たちのことだけを考えよう。僕たちの方も生きて帰れる保証はどこにもないんだから」
アリアは唇を噛み締める。
そう、きっと大丈夫。
リヴァイもエルマーも簡単にやられるほどやわな兵士ではない。ならば、これはなんだろう。この、言葉にできない嫌な不安は。
「アリア、見えてきた」
ナスヴェッターの言葉にアリアはハッと物思いから覚めた。
見ると、前方で3体の巨人が立っているのが確認できた。口の周りは赤くなっている。すでに兵士が食べられたのだろう。そばには相棒を失った馬たちが行き場もなく歩いていた。
幸運なことに周囲に民家が点在している。絶望的な状況ではない。
「生き残りは、いないのか?」
「戦っている兵士は見えませんね。全員食われたか、それともどこかに隠れているのかもしれません」
「どちらにせよ、二人だけで3体を相手にするのはかなり集中しないと危ない」
「ですね」
ナスヴェッターはすらりとブレードを抜いた。それは美しく銀色に反射する。ガスも刃も十分にある。絶望的な状況では決してない。
「落ち着いて一匹ずつ処理しよう。いつも通り、訓練通りに」
「はい」
心臓はかたい音を立てていた。手足が緊張でピリピリと痺れている。恐怖と、不安と緊張がアリアの体を包んでいた。
「アリア」
ナスヴェッターが落ち着いた声でアリアの名を呼んだ。
「僕たちなら大丈夫だ」
「──はいっ!」
唾を飲み込み、アリアもグリップを握りしめる。
戦う覚悟はできた。